ノリコ感覚 その3 -期せずして実現した教会めぐり-

来年、二俣川教会は献堂50周年を迎える。
とてもうれしいことであり、今まで尽力されてきた何人もの主任司祭や教会を支えてくださった信徒の皆様には、感謝の念でいっぱいである。
一口に50年というが、生まれたばかりの赤ちゃんが50歳になるまでに、どれだけの本人及びまわりの努力、協力、愛、信仰(これが一番に来るべきなのだが)があったことか!
また、同時に思うことは、中年以上の教会メンバーは、これからの50年の何割かの年数しか生きられないということだ。若い世代の方々に、負ではない有益な精神的な財産を残せるのか?私を含めた中年、壮年、老年の方々には、大きな課題が与えられていると思わざるをえない。

あえて「課題」と書いたが、私は教会のシニアの一人として、それを「希望」と言い換えられるのではないかと思えるような経験をした。

山口ザビエル記念聖堂内部

山口ザビエル記念聖堂内部

5月中旬に山口県と島根県を旅する機会を得た。
暑くも寒くもなく、山は緑、海は青という、旅行をするには絶好のシーズンで、巡礼のつもりではなかったのだが、いくつかの教会をお訪ねすることができた。

最初に訪ねたザビエル記念聖堂は、鐘楼の改修中ではあったが、きちんと整備された広い教会の敷地全体が観光客を歓迎しているようだった。

同じ日の夕方、津和野カトリック教会を訪ねた。
ちょうど町はお祭りで、メインの通りは車が入れず、ぐるぐる歩いて教会に着いた。私も娘もお世話になったシスターが今は津和野にいらっしゃるので、お会いしたいですとお願いしていた。シスターは辛抱強く待っていてくださり、「ここで再会できるなんて夢のようね」とおっしゃったので、思わず目頭が熱くなってしまった。
教会の建物はシスターのお話によると長崎の五島列島に建っているものとよく似ているとのこと。未だに外で靴を脱いで入るスタイルで、中は畳が敷かれているのだが、そんなちょっと古めかしく暗いイメージを寄せ付けないほどの多くの光が、美しいステンドグラスからいっぱい降り注いでいた。ちょっとお祈りしましょうかというシスターのお言葉に誘われ、手を合わせて祈った。

津和野カトリック教会外観

津和野カトリック教会外観

シスターにご無理をお願いして、乙女峠にもご一緒していただいた。86歳になられたシスターは、日頃からよく歩いておられるのか、私たちとほとんど同じくらいのペースで一歩一歩力強く登られた。信徒の皆様が取り付けてくださったという山道の手すりは、本当にありがたかった。
辿り着いた乙女峠の聖堂のまわりには、つい最近殉教者の子孫のお一人が寄贈されたという金文字の碑がいくつも建てられていた。今年の乙女峠祭りには、町の人口の五分の一に相当する1500人ほどの人たちが日本中から巡礼に来られたとのこと。
この地で殉教された方々の美しい魂に、私も信徒の一人としてり心からの祈りを捧げた。

 

翌日は朝から萩市を観光して、萩カトリック教会にお寄りしたところ、少しだけ主任司祭のO神父様にお目にかかることができた。神父様は、「巡礼ですか?」とお聞きになり、「このあたりにはいくつもの殉教の地があるのですよ。」と教えてくださった。そして3年前にサンパウロから出版された『出会いは宝』というご自身の著書を、「よろしければどうぞ。」と勧めてくださった。偶然なのだろうが、この萩教会は二俣川と同じように、日本二十六聖人を守護聖人としている教会だった!

萩カトリック教会内にて

萩カトリック教会内にて

何も知らなかった自分の勉強不足を恥じたけれど、それよりも、何だか大きな手に導かれるようにしてこの教会を訪ねることができたのだなと感じて、不思議な気持ちになると同時に感謝でいっぱいになった。教会を訪ねる旅ではなかったはずが、こうして結果としては いくつもの教会を訪ねることができているし、殉教者たちの足跡を、ほんの少しだけれど辿ることができている。
津和野でシスターにお会いできたことは本当にありがたく、大きなお恵みであったけれど、もっと何か大きな力が働いてくださったのではないかとこの旅の間中強く感じていた。
私のような小さな存在にさえもこんなチャンスをくださるのだから、教会という共同体が心をひとつにして祈り、神様の御手にすべてを委ねて歩むのなら、もっともっと大きなお恵みが与えられ、何も怖いものなどないのではと思ってしまう。
強い信仰心を持って生き、そして殉教された日本二十六聖人や津和野の殉教者たち、山口の殉教者たちの清い生き方をよく学び、たくさん祈り、唯一無二のお手本として生きていこうと心に誓った。これこそが、「課題」を「希望」と言い換えたいと私に思わせた大きな思いだった。
余談ではあるが、私はこの旅行中に教会をいくつか訪ねられたらいいなと思っていたのだが、定年まで電子回路設計に携わっていた主人は、山口に行けると分かった時から、山口市内にある「山口衛星通信センター」のことが頭にあったとのこと。そして、先程の萩教会の主任司祭はNTTのサラリーマンから神父様に転身された方で、その著書の中に、何とこの衛星通信センターの紹介文があるではないか!
何のつながりもないように見える「教会と科学の最先端を行く施設」とがきちんとつながっているというこの不思議さが、今回の旅行のハイライトだったのではないかと気づいた時、私の肩から余分な力がすっと抜け、急に楽しい気分になれたのだった。
もちろん、教会だけを訪ねた旅ではなかったのは言うまでもない。