カトリック二俣川教会は、今年で献堂50周年を迎えます。
教会の月刊広報誌『26聖人』で連載中の、”50周年記念に寄せて”の記事を、ご好評により、当ホームページにも掲載することとしました。

この連載は、二俣川教会の信徒が、50年前の当時を思い出して書いた回顧録です。
ぜひご覧ください。

============================================

二俣川教会50周年に向けて

蒲原

SCAN0011先日叔父から1枚の古い名刺を渡されました。表には「カトリック司祭  ドゥバール ヨゼフ   大和市南林間・・・」

この方はご承知のように御自分の相続財産を寄付して二俣川教会を建て、私達に贈り物としてくださったフランス人司祭、ドゥバール神父様(以下 師)です。

師の名刺は、我が家にも1枚あるのですが、住所が現在の教会所在地のもので、前記の名刺はそれ以前のものでした。それは叔父が、私の父に連れられて建設中の教会を見に行ったときに師から頂いた名刺です。 思い起こせば50年近く前、私の両親は当教会建設に深く携わり,師が帰国される時には「50周年までこの教会を見届けます」と約束して見送りましたが、その母は一昨年、46周年の年に帰天し、当時を知る者も父一人となりました。大変懐かしく思い、ここに母が生前話してくれた建設当時の様子や私自身の思い出をまとめてみました。

師が教会の建設を決心したとき、私達家族は保土ヶ谷教会に所属していました。そこで助任をされていた師が、来日以来面識のあった父に協力を求め、父が数人の親しい信者の方に声をかけて具体化していきます。建設候補地の1つに新幹線のトンネルの上がありました。そこは、土地代が安く現在地の2倍以上の広さが購入できたのですが、師は「教会は岩の上に建てるのであって、トンネルの上ではありません」と述べられ現在地に決まりました。 師が準備のために大和ボーイズタウンに移動してからは、毎日曜、万騎が原の我が家がミサの場となり、その都度、師は中古のルノー車で来宅し、玄関で“Bonjour Madam”と挨拶されます。「その響きがとても美しかった」と母が言っていました。当時祭壇として使っていた父の机は今も使用しています。私自身ミサの記憶はぼんやりとしか無いのですが、父がミサの準備をしているとき、私と妹がふざけながら部屋に入っていき、怒られた記憶があります。現在とは違い、当時女性や子供はミサ典礼では蚊帳の外、祭壇に近づくことなどできませんでした。ミサ後、父は師と共に修道院等へ出かけ、新聖堂でのミサに必要な祭服の調達や、建設に関わる諸手続きのお手伝いをし、更には第二バチカン公会議が継続して行われていた期間であったため、これからの典礼がどのような形に変化して行くのか試行錯誤の状態の中で、父個人としても新典礼でのミサ式次第の勉強をしたようです。女性達は祭壇布の制作、そして祭具は、信者達自らがお金を出し合って購入しました。

師は、ラテン語の典礼書も購入する予定でしたが、とても高価です。少しでも出費を少なくしなければいけない状況下で母は、「買わなくて済めばいいな・・・」と思ったそうです。 周知のように教会建設には多大な費用がかかり、お金が必要な事案が次々と出てきます。 母も使命感から私と妹を連れて信者名簿を頼りに献金を求めて歩きました。「献金をしてもらうのは大変な事なのね」が母の実感でした。教会献堂後、信者は順調に増えていきましたが、資金難は変わりなく、日本を離れるその日まで師の清貧の生活は続きました。

また、今ほど通信手段の無い時代、母は建設現場との連絡のために教会と自宅を往復したり、電話連絡が必要なときは教会近くにあった公衆電話に人を待たせて、自宅から何度もそこへ掛けたので、電話番号をしっかり覚えてしまいました。 献堂式を1ヵ月後に控えた1965年2月5日が新聖堂での初ミサと決まると、その準備が最大の苦労のようでした。「用意した物に不足は無いだろうか。信徒は何人位集まるだろうか。侍者役の者は練習通り勤められるだろうか・・・」等々、心配は尽きませんでした。そして初ミサが滞りなく行われたことで、父がとても安堵したことを母は感じたそうです。その後、献堂式記念ミサは喜びのうちに執り行われました。多くの人々の祈りは大きな力となった事でしょう。

今、二俣川教会は50周年記念に向けて、動き出しています。以上に書きましたことは、その50年には含まれない、しかし、典礼暦に四旬節や待降節があるように、当教会にとって必要な、そしてとても大切な準備の時間でした。私達も日々の祈りの中で、神への賛美と感謝と共に、両親同様、当教会建設に尽力し、今は天国へ召された方々、そして日本から遠く離れたフランスで「私の心は二俣川教会にあります」と仰っていたドゥバール神父様へ、感謝の祈りをささげましょう。 最後になりましたが、50周年記念が、李神父様の下で行われることは、喜びであり、期待をしています。李神父様を中心に、多くの人の力の結集によって素晴らしいものとなりますように、神様にお祈りします。

教会だより「二十六聖人」平成25年7月号より