35年前の「馬小屋」作り
IMG_3376 今年もヨゼフ会恒例の「馬小屋」作りが待降節の初日(11月30日)のミサ後に行われました。
このヨゼフ会の「馬小屋」作りは何時ごろから始まったのかよく分かりませんが、私が受洗してヨゼフ会に入った頃、今から35年ほど前にはすでにヨゼフ会の毎年恒例の活動になっていたようです。
もちろん今と違って当時は覆う馬小屋も飾る人形も小ぶりで簡素なものでした。

それでも私が今も忘れない出来事がありました。
当時、ヨゼフ会のリーダーであった芹沢源吉さんを中心に、われわれ若手(当時は30,40代が多かった)数人がこの「馬小屋」作業を手伝いました。
その作業中に新入りの私がとんだハプニングを起こしました。なんと飾る予定の大事な人形のひとつを納屋から運んでいた時、誤って地面に落とし破損させてしまったのです。おそらく陶器で手作りの人形だったのでしょう。頭部を見事にふたつに割ってしまったわけです。

「いやぁ、申しわけない。もう台無しにしちゃって」と平謝りする私に、周りはしばらく唖然とした雰囲気でした。芹沢リーダーがすぐさま「いや、この割れた像は「三賢王」。この王様たちは本当のところ来月初めの「主の公現」まで飾ってはいけないんだから、実は出番までたっぷり時間あるってわけよ。でも何も飾らないのも寂しいからこの壊れた王様は遅くれて参上ということで、とりあえず「2賢王」でいきましょう」と、その場をうまく繕ってくれました。幸い24日イブには、新しい王様が登場し目出度く「東方の三賢王」が出揃いほっとしました。
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今年の「馬小屋」は写真付きの組立てマニュアルがあるので5,6人で手際よく進め、2時間ほどで完成したようです。昔は一日では終わらなかったような気がします。
また今年初めて、前面に「馬小屋」の説明したパネルが設けられました。通りすがりの人にも足を止めて読んでもらえるのではないかと思います。

芹沢さんはヨゼフ様
ところでこのように私の窮地を機転で救っていただいた芹沢さんという方は、教会の創立メンバーのひとりです。なんと二人の息子さんをともに召命に出されました。その一人が現在の藤沢教会の芹沢博仁神父様です。しかもご自身が大工の棟梁であったことから、教会の力仕事は一手に引き受けられたようです。そのため人望を集め、周りから「二俣川のヨゼフ様」とまで呼ばれていたことを思い出します。帰天されて久しいのですが、私にとってこの「馬小屋」をいつも見るにつけ、忘れられない思い出が巡ります。

「馬小屋」のルーツ
よく知られているようにこの「馬小屋」をはじめて作ったのはアシジの聖フランシスコだと言われています。伝道のために聖フランシスコは等身大の馬小屋を作り、飼い葉おけには本物の赤子を置いたそうです。
幼子イエス像にしても、本来なら「主の降誕」までは飾ってはいけない決まりがあって、外に出さない聖堂内の「馬小屋」は、クリスマスまでは幼子イエスや「三賢王」を不在として典礼どおりに演出する教会もあるそうです。
ところでヨーロッパの絵画や教会のクリスマスの馬小屋には、「牛」と「ロバ」が登場することが多いそうです。この上の写真を見てもお分かりになるように、わが二俣川の「馬小屋」も「牛」「ロバ」「羊」それに「ニワトリ」と盛り沢山ですが、「馬」はやはり登場しません。
実はイエスが生まれたのは「馬」小屋ではなく、「家畜」小屋で生まれたという伝承があります。
これについては面白いネット投稿があります。京都産業大学の仏文学科の平塚 徹教授の「イエスは馬小屋で生まれたか?」です。この巻末にその要旨をご紹介します。

「クリスマス」のひとり歩き
カトリック教会も最近は「馬小屋」だけでなく、町中の年々盛んになるクリスマスの飾りつけの流れに引っ張られてか、イルミネーション付きでツリーやリースも飾るようになりました。お気づきのように最近は繁華街に氾濫するクリスマスムードだけでなく、一般の家庭の玄関先にも綺麗なホームイルミネーションが見られるようになってきました。
無宗教の国、日本のいかにも日本らしい現象です。日本のクリスマスも除夜の鐘や初詣と同様、年末年始のイベント以上の意味はないことは誰でも知っています。そして多くの日本のクリスチャンにとっても「クリスマス」が本来の意味から離れて独り歩きしているのを、少し複雑な思いで見ているのはないかと思います。天上のイエス様もさぞかし苦笑されているのではと、思ったりしております。
それでも、いつもは公園通りを歩いて教会を通り過ぎる老夫婦が、出来立ての「馬小屋」にしばし足を止めて、飾りを見つめて「ああ、今年ももうクリスマスだね」と思わず口にする光景に出合うと、何か少しうれしい気持ちになります。
・                        ・ヨゼフ会良き知らせレポーター K.V.

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イエスは馬小屋で生まれたか?
(平塚 徹教授(京都産業大学仏文学科)のネット投稿から)

イエス・キリストは「馬小屋」で生まれたとよく言われます。中には、聖徳太子が馬小屋で生まれたこととの類似性を指摘する人もいますし、この類似性に基づいてかなり大胆な説を主張する人もいます。
しかし西洋のキリスト教文化においては、イエスが生まれたのは「馬小屋」だとは言えません。例えば、キリスト降誕を主題にした絵画を見ると、確かに、馬小屋らしいところが場面になっていることが多いのですが、そこにいるのは「馬」ではなく、「牛」と「ロバ」なのです。また、クリスマスにはキリスト降誕の場面の模型を飾る習慣がありますが、ここでも、「牛」と「ロバ」が定番になっています。つまり、イエスが生まれたのは「馬」小屋ではなく、「家畜」小屋なのです。

実は聖書を見ても、この点については、はっきり書いてありません。家畜小屋で生まれたことを示唆するのは、「ルカ福音書」第2章第7節「初子を産み、布にくるんで、飼葉おけの中に寝かせた。客間には彼らのいる余地がなかったからである。」の記述です。しかし、これでも、はっきりと家畜小屋だと分かるわけではありません。

それでは、イエスが家畜小屋で生まれて、そこには牛とロバがいたという話は、どこから出てきたのでしょうか。実はこれは、「偽マタイ福音書」という書物に出てくる記述がもとになっています。この本によると、イエスは洞窟で生まれたことになっています。しかし、その後、マリア達は洞窟をあとにして家畜小屋に入って、イエスを飼葉おけに寝かせると、牡牛とロバがイエスをあがめたとあります。この場面が西洋のキリスト教絵画でよく描かれる場面のもとになったのです。そしてその後、この話が単純化してイエスは家畜小屋で生まれたという伝承が成立したようです。

また日本でイエスが「馬小屋」で生まれたという話が流布しているのはなぜでしょうか。まず「家畜小屋」を指す言葉ですが、例えばフランス語では étable が使われます。この単語は「家畜小屋」や「牛小屋」を意味しています。一方、英語ではstable という単語が使われますが、この単語はフランス語の étable と同じ語源の単語で、やはり「家畜小屋」一般を指すのにも使われた単語なのですが、現在では「馬小屋」の意味で使うようになっています。つまりイエスが stable で生まれたと言うときには、本当は「家畜小屋」を指しているはずなのですが、何も知らずにこの言葉だけを見ると「馬小屋」だと思ってしまうのです。恐らくこの「馬小屋」という解釈が日本では流布してしまったようです。
なお「ルカ福音書」第2章第7節に出てくる「飼葉おけ」ですが、日本聖書協会から出ている文語訳聖書では「馬槽(うまぶね)」という単語が使われています。これは馬にやる餌を入れる容器ですが、この訳はイエスが馬小屋で生まれたという話に影響されたのでしょう。