弟子になろう!

CJC30イエス様は弟子たちを呼び寄せて自分の隣に、ともに居てくださいました。
『わたしのところに来て見なさい。』また一緒に生活しました。その中で色んな出会いがありましたしお話も沢山してくださいました。
そして愛する弟子たちを何処かに派遣しました。実習みたいなことでした。『これからは人々と共に生活してみて!私が教えた通りに神の国を述べ伝えなさい。』

その後、弟子たちはお土産話を沢山持って来てイエス様の前で喜んで話しています。(ルカ10参考)この話は皆さんもご存知ですが、イエス様のトレーニングは特別な養成コースではないかと思います。
一緒に生活しながら福音的な価値を教えました。この世とは違う価値、見方でした。そばにおられるイエス様のお話を聞くと、慈しまれる目、愛の心、静かな息吹の音が隣から感じられました。しかし派遣された弟子たちは皆の知らない人たちの前でイエス様から教えてもらったことを話しています。

ドキドキしながら病人のためにお祈りしました。悪霊の力から逃げないでイエス様の御名によって沢山祈りました。

わたしたちも弟子たちと同じようにイエス様のそばに留まって祈らなければなりません。福音の喜びが自分の心の奥まで伝わらなければ世の中で宣教の道は歩けません。自分の力、能力、他の道具では神の国の種を蒔けないの私たちの生活も同じです。イエス様の隣で座って聞きます。尋ねます。祈ります。また戻って来て同じことを繰り返しながら御言葉を聞いて尋ねて祈ります。これがイエス様と共に生きている弟子の道、生き方です。

戻って来てイエス様に報告します。『何々が嬉しかったです。楽しいでした。つらかったです。今でもあのやつは許せません。どうすれば良いでしょうか?教えてください。私にあなたの力を与えてください。あなたのそばに休ませてください。』と。

留まって聞く、尋ねる、祈る。また派遣され世に出て皆と生活します。疲れたらまた戻って来て休みながら再充電をします。これが私たちの信仰の養成コースではないでしょうか?もし、私は今まで出来ませんでしたと言っても大丈夫です。決して見捨てないで助けてくださいます。聖霊に願い祈りましょう。『わたしの言葉を聞いて、それを守らない者がいてもわたしはその者を裁かない。わたしは、世を裁くためではなく、世を救うために来たからである。』(ヨハネ12.47)

教会だより「二十六聖人」平成25年7月号巻頭言より