長い間、「広報」という共同体のコミュニケーションに係わってきた私たちにとって、どのような福音(良き知らせ)をどのように信徒の皆さんにお伝えすれば良いのか、少なからず関心を持ってきました。
 とくに最近のインターネットやSNSに代表されるネットワーク・メディアは、その限りない可能性があるがゆえに、本当に共同体の福音宣教のための利用がされているのかどうか、私たちはいつも問われ続けています。
 私たち現代人はネットワーク・メディアの重要性を再確認すると同時に、適切な情報選択、情報格差、プライバシーなど、情報社会が持たらす多様な問題点も抱えています。それは私たち共同体もその例外ではありません。

 教皇フランシスコは、よく知られているように「ツイッター」などネットワーク・メディアを積極的に活用しています。 教皇の「ツイッター」はバチカンによるとフォロワー(読者)は2500万人以上といわれています。その積極度合いは「インターネットは、出会いと連帯のために限りない可能性を提供しています。これは神様からの贈り物です。」と教皇自らこのようなメッセージを出すほどで分かります。

インスタグラム写真 また最近は「インスタグラム」(いわば「ツイッター」の写真動画バージョン)を始めたという。最初の写真(左)は目を閉じて祈る教皇の姿が投稿されましたが、その写真が全世界に報道されました。
以下、一昨年と今年の1月「世界広報の日」に教皇が出されたメッセージの抜粋をいくつか紹介します。

・「今日において、ソーシャルネットワークは、信仰の美しさ、キリストと出会うことのすばらしさへの招きを体験する一つの方法です。コミュニケーションの場においても、わたしたちに 暖かさを運び、心を掻き立てる力をもたなければなりません。」

・「人々に寄り添う教会、すべての人々と共に道を歩むことができる教会である必要があります。コミュニケーション・メディアや情報技術の中で起こっている革命は、大きくて刺激的な挑戦です。神の美しさを人々と分かち合うため、この挑戦に若々しい力と想像力で応じることができますように。」

もちろん教皇は、こうしたソーシャルネットワークの限界とその危険性にも触れています。

・コミュニケーションが本物であるかどうかを決めるのは技術ではなく、むしろ人間の心と、ツールを正しく使いこなす能力です。ソーシャル・ネットワークは人間関係を円滑にし、社会の善を促進することができますが、その一方で個人や集団の間に、さらなる隔たりや分裂を生む可能性もあります。デジタル環境は、好意をもつことも傷つけることも、また有意義な討議も道義的な攻撃も行うことのできる出会いの場であり空間です。

・インターネット上でも、真の市民が育まれます。デジタル・ネットワークへのアクセスには責任が伴います。それは、見えなくとも実在し、尊重すべき威厳をもっている他の人々に対する責任です。インターネットは、分かち合いを受け入れる健全な社会を育むために、賢明に用いることができるのです。

(全文はカトリック中央協議会の「ローマ教皇公文書「広報の日」で閲覧して下さい)

教皇400X266 このように教皇の福音宣教のためのネットワーク・メディアの活用は、全世界にはかり知れない影響をもたらします。同じように、二俣川共同体の唯一のネットワーク・メディアたる私たち教会ウェブサイトも、細やかながらも福音宣教の力になりうると、私たち広報関係者はそう信じながら、今後の活動をしていこうと思っています。        広報委員 K.B.