10月巻頭言マリアと聖体

初代教会はいつもマリアと共に祈り歩いて来ました。これは教会と聖体の間にあるマリアの深い関わりでした。教会の母であり信仰の模範であるマリアのことです。
マリアは聖体との神秘をよく表してくれました。聖書には最後の晩餐の時、マリアのことは何も書いてありませんが、私たちは使徒たちが「心を合わせて熱心に祈っていた。」(使徒言行録1.14)とき、マリアがそこにおられたことを知っています。主の昇天の後、聖霊の降臨を待ち望みながら集まっていた最初の共同体の中に、マリアはおられたのです。最初の世代のキリスト者たちが感謝の祭儀を行っていた時も、疑いなくマリアはそこにおられたに違いありません。彼らは「パンを裂くこと」(使徒言行録2.42)に熱心でした。

 

マリアの信仰は聖体への信仰でした。聖体は受難と復活を記念するものですが同時に受肉に続くものでもあります。パンとぶどう酒のしるしのもとにイエス・キリストの人性と神性は現存しているのです。マリアは受肉の神秘において、聖体に対する教会の信仰の先取りとなりました。ある意味では歴史上、最初の「聖櫃」でした。この聖櫃の中で、神の子は、まだ人の目には見えませんでしたが、エリザベトの礼拝を受けました。
マリアはうっとりとしたまなざしで、生れたばかりのキリストの御顔を観想し、その腕にみどりごを抱きました。このまなざしこそ、聖体拝領を受けるたびに私たちを駆り立てる愛の、比類の無い模範ではないでしょうか。
10月はロザリオの月です。私たちは全生涯にわたってイエス様と共に歩んだマリア様の取次ぎによってご聖櫃におられるイエス・キリストの現存を黙想しましょう。またマリア様の心を自分の心としましょう。マリアはイエス「のうちに」、イエス「とともに」神を讃えました。これこそ、本当の意味で「聖体に生かされた態度」と言えるでしょう。