花の下にて春死なん  -ノリコ感覚 その11-

主のご復活を心からお祝いする気持ちで書き始めたのだけれど、まずは本当に久しぶりの「ノリコ感覚」であることをお詫びしたいと思う。ごめんなさい。
この春にはいくつかの別れがあった。出会いがあれば別れがあるのは当然なのだろう。でも、とても勝手な考えだが、私のようにカトリックのことを深く勉強していない者であっても、カトリックを信じている限り、一時的な別れや、ましてやこの世との別れですら、そんなには辛くはないのでは、と思ったりしている。そして、副題にした、西行法師のあまりにも有名な歌の一節も、もし死ぬのなら満開のさくらの花の下でという彼の願望であり、日本人ならば納得のいく死に方の一つであり、特に「死」に焦点をあてた歌ではなく、とにかく「花」の美しさを愛でている歌なのだと思う。そこには僧侶としての覚悟が見えるし、カトリックだ仏教だ云々という次元を超えている。
カトリック新聞に、私の叔父である神父の訃報が載っていた。一つの教区の一人の司祭の訃報であるにも関わらず、叔父が急に全国区の有名な存在になったような気がして、何だか誇らしかった。叔父は教区司祭として、同じ教区内の5つの教会に、数年ずつ派遣され、最後の古河教会では、一人の若者を司祭へと導いた。その神父様が通夜で語っていたのだが、叔父はいつも彼が教会に来るとわかっていた時には教会の前でロザリオを手にして彼を待っていたということだった。そうやって若者を待つというスタイルは、実は叔父が尊敬していたC師のやり方だったらしい。尊敬する師のやり方を模倣しながら自分を高めていく姿は、私の知っている若い頃の叔父と重なっていて、何だかとても懐かしかった。

叔父は教区司祭になる前は修道会の司祭で、社会科の教師として、日本中のあちこちにある同系列の私立学校の教壇に立ったり、校長を務めたりしていた。父親(私の祖父)が高校の教師であり、母親(祖母)が器用で多趣味だったせいだと思うが、叔父のたくさんの兄弟姉妹とその配偶者は圧倒的にいわゆる先生たちであった。大学教授から幼稚園の先生、まで、謡楽から長唄まで、なかなかのラインアップである。そのほとんどのメンバーがもうこの世からいなくなってしまったことは寂しいけれど、決して涙に明け暮れるような悲しいことではない。10人を超えるいとこたちはそれぞれに、親の遺伝子を確実に受け継いで活躍しているなと思えるし、叔父を始めとする教師たちが世に送り出した人材は、世界のどこかできっとがんばっているに違いない。こうやって考えると、司祭の一番の仕事である宣教司牧や、教師による学校教育がいかに広がりを持つものであり、私たちの「生きていくこと」に深く関わっていて、またそれがいかに大切なのかを思い知らされる。

李神父様は13年にわたる日本での司牧を終えて母国に帰国されたが、その中の5年間を二俣川教会で過ごされた。第三地区の他の教会との兼任期間もあったが、主任司祭として私たち信徒の為にエネルギッシュに働いてくださったことを、私は本当にありがたく思っている。神父様は私にしてみれば”目からウロコ“と感じるような新鮮な言葉や内容をごミサのお説教で話してくださった。その一つはある四旬節のことだった。四旬節という主のお苦しみの時期は、私は信者として、何というか楽しそうに過ごしてはいけないと思い、下を向いているようなことが多かった。そんな私のような人が他にもいたのかどうかわからないが、きっと神父様の目に留まったのだろう。「四旬節は主のご復活を待ちながら元気に過ごしましょう。」と言ってくださった。あ、そうか、
元気に過ごせばいいんだと急に前向きになれた単純な私だった。

 もう一つ印象に残っていることは、昨年の牧山神父様の司祭叙階を前にして、その準備の為に、夜9時にアラームをセットして祈りましょう!と提案してくださったことだ。
あ、そうやって祈ればいいのかとこれも驚きだった。同じ時間に信徒たちが心を一つにして祈ることがどんなに素晴らしいことなのかも、この時に知った気がする。言ってみれば、信徒として新しく生まれ変わったような生き生き感で、神父様や皆さまとご一緒にこの数年間を歩んで来られたことを神様に深く感謝したい。
 ご復活後の今の季節は、まさに春であり、いろいろなものやことがスタートしている。会社で例えるなら、転勤された方のあとには新しい方がいらしたりしているだろう。
先日、ある叙階式に出席するお恵みをいただいた。新司祭は叔父神父が指導した信徒だと聞いていたし、叔父の通夜や葬儀でお世話になった助祭の方だったので、是非とも出席したいと思い予定していたのだった。昨年も味わうことのできた、叙階式の温かさ!そこに今年は叔父が逝って、叔父と入れ替わるように誕生した司祭というめぐり合わせというか神様のご計画ともいうべきものがあった。本当にありがたいことに
その教区の中の私の知り合いの方々全員にお会いしたり、良い叙階式でしたね、というお祝いの言葉を言い合うことができた。上のほうで触れた古河教会のT神父様は
「O神父様はきっと天国でお喜びでしょうね。」と言ってくださり、私もそうだろうなと感じて、心温まる一日は過ぎていったのだった。
 花は散り時は移り人は入れ替わった。でも、まさに聖書も言っている通り、『草は枯れ、花は散る。しかし、主の言葉は永遠に変わることがない。』(1ペトロ1・24-25)
ということなのだ。一をプラスし一をマイナスすれば、計算なら結果はゼロで何も変化はないと言えるかもしれない。でも、主のもとに集う私たちは、変化の有る無しに関わりなく、主の言葉に従うだけなのだ。李神父様にいただいたものを基礎にして、これからは笹氣神父様の言葉を聞いていこう。神様のご配慮なのだから。