カトリックの国コロンビア

昨年、私は、枝の主日(Domingo de Ramos)とその翌日から始まる聖週間(Semana Santa)を、主人の赴任先である、カトリックの国コロンビアで過ごした。昨年と今年とではご復活の時期がほぼ3週間違う。昨年は雪の舞う開花の日に日本を発ったのに、帰国した時にはもう美しい新緑の季節だった。四旬節の今、昨年の体験を懐かしく思い出しながら文章にしてみようと思う。  あちらの“枝”は太くて長い草のようなものだ。最初は何これ?と思ったけれど、知り合いの家に枝を持っていったら、「あら、カテドラルでもらったの?これはこうやって飾っておくのよ。」と言われ、あっという間に折り曲げられてしまった(写真参照)。何だか驚くというよりも新鮮な感じだ。 というのは、日本の枝は、李廷胤神父様にお聞きしたところ、家にある十字架の上に飾るんだよ、ということだったし、あのとげとげしたソテツや棕櫚の枝を折り曲げるなんて考えられないからだ。  聖月曜日(Lunes Santo)には、日本なら取り立てて行事といえるものはないと思う。でも、たぶん主人の住むマニサレス(標高2200m、 人口約45万人)だけでなく、コロンビア中の町や村では、何らかの行事を大小たくさんある教会やカテドラルで行なっていることだろう。私は主人とマニサレスのカテドラルで行われた夜のコンサートに出かけて行った。 最初、夜は危険とされるセントロ近くにあるカテドラルに行くことに不安があったのだけれど、私にとってはもう2度とないセマナサンタ中のカテドラルでのコンサートなので、帰りはタクシーと決めて、緊張感を持ちながら出かけた。大きなカテドラルの中はほぼ満席でびっくり。この国らしいのは、自分の席の後ろにどれだけの人たちが座っていようと、写真を撮る時や自分がたくさん拍手をしたい時などは平気でずっと立っていることだ。彼らのように自分流に生きていくことに疑問を持つ人もいるだろうが、彼らと一緒に生活していこうと思うなら、細かいことを言わないし気にしないという姿勢が必要だ。そうすれば、異国にいてもそのひと時ひと時を充実して楽しく過ごすことができる。私は本当にそう感じた。でも、ここで肝心なことは、何といっても石造りの聖堂で行われた、パイプオルガンも含めたコンサートの音響のすばらしさだった。  聖金曜日(Viernes Santo)には、マニサレスの隣町であるネイラで花を育てているデュケさんに誘われて、彼の農園を見に出かけた。彼は町に入った所にある小さなカフェの横に車を停めて、コーヒーを頼んでくれた。そのカフェの外にある椅子で味わった本場コロンビアコーヒーの何と美味しかったことか。失礼ながらほんの2坪ほどの建物の外に5個くらいの丸椅子が置いてあるくらいの店なのに、この美味しさのレベルは流石だな!と思った。この店の横を通った、バナナを屋根にいっぱい積んだ小さな赤いトラック(ジープ)がすごく珍しかった。  この隣町の人口は2万人足らずなのに、この日に行われたProcession という聖なる行列は町のほとんどの人々が参加していたのでは、という規模だった。町はずれから中心にある大きな教会前までの1本道は、FMラジオか何かで中継されている神父様の祈りの声を流しながら通る車を先頭に、十字架を担うキリスト像やいろいろな聖人の像を担いだ人たちや、子供を連れて大きな声で祈り歌う家族、普段はスマホを見て歩いているんだろうなという若者たちなどなど、ぎっしりと人であふれていた。キリストが受難の道を歩まれた二千年前とは全く様子は違うのだろうが、この行列の人々の真剣さに感銘し、少しだけではあるが行列に加わることで、聖金曜日を一人の信徒として心豊かに過ごそうと思った。  町の中心に戻って昼食をとることにした。小さないくつもある料理店の人がそれぞれに客を呼ぼうと声をあげている。いつもなら美味しい肉料理がありますよというような言葉で呼びかけるのだが、この日は聖金曜日。肉料理を出すような店は1軒もなく、どの店でも”Pescado!”(魚)と叫んでいた。こういうところからも、カトリックの国で過ごしていることをしみじみと感じた。  聖土曜日(Sabado Santo)には夜のミサ、即ち復活徹夜祭に行く為に、主人の住むアパート近くにある教会に出かけた。雨降りにもかかわらず、聖堂の外まで人が溢れていたが、大画面で聖堂内を中継してくれていたので、中と同じようにミサに与ることができたし、ご聖体をいただく為に中に入ることもできた。これは有難く、素晴らしい経験になった。でも、ご復活とは関係なく面白いなと思ったことがあった。それは、ミサ中の献金を棒の先に袋をつけたようなもので集めていくのだが、献金した自分のお金にお釣りをもらおうとする女性がいたことだ。えー?いいの?と思ったけれど、献金を集めていた神父様が快くお釣りを渡していたので、正直に事情を説明すれば許されるのかな、流石に教会だなと妙に納得した。  日本にいてもこれだけきちんと教会に行くのだろうか、と自分でも驚くくらい熱心に、ご復活祭(Domingo de Resurreccion)の当日はこの同じ教会に行こうと朝10時過ぎに出かけていった。ところが、ミサは11時半からの復活祭の行列の後と聞き、買い物などをして再び教会へと戻った。この教会は小さな公園と道を挟んで、地元産のコーヒーを味わえるカフェと司祭館がある。私はカフェの席に座り、申し訳ないような気持ちがありつつも、主任司祭を先頭にした行列が坂を登っていくのを眺めていた。このように、当たり前のように町と人々と教会が諸々の行事で繋がっていることが本当に羨ましかった。日本でも、ご復活の行列が二俣川の坂を教会から駅へ、駅から教会へと往復するようなことがあればいいのにと心から願った。たぶん70代の神父様は坂の上り下りにも疲れをみせることなく、12時からのごミサをよくとおる声で朗々と捧げられた。私のセマナサンタはこれで終わったが、この時期に、カトリックの国であるコロンビアに来ることができたことを神様に深く感謝するばかりだ。