⦅ 日本二十六聖人殉教者への祈り ⦆
日本二十六聖人殉教者よ、
あなたがたは京都から長崎までの十字架の道を歩み、
キリストのためにいのちをささげました。
わたしたちがあなたがたにならい、
勇気を持って信仰の証しを立てることができるように
導いてください。
わたしたちがどんな試みにあっても、
終わりまで耐え忍ぶことができるように力づけてください。
わたしたちがキリストの栄えを求め、
救いのために働くことができるように取り次いでください。
アーメン

意向についてはこちらをご参照ください。

第五⽇⽬の意向 「わたしたちの信仰が強められるように祈りましょう。」
【⼗四歳のトマス・⼩崎 ⺟への⼿紙】
「神のお恵みに助けられながら、この⼿紙をしたためます。私たち、パードレ様以下⼆⼗三名の者は列の先頭をいく制札(せいさつ)に書かれた宣告⽂にありますように、⻑崎で⼗字架につけられるため、ここまでまいりました。私のこと、また⼀緒にいるミゲル・⽗上のこと、なにひとつご⼼配くださいませんように。パライソ(天国)ですぐお会いしましょう。
お待ちしております。たとえパードレがいなくとも、臨終には熱⼼に罪をくいあらため、イエス・キリストの多くのお恵みを感謝なされば、救われます。この世は、はかないものですから、パライソのみちあふれた幸せを失わないよう、努⼒なさいますように。⼈からどんなに迷惑をかけられても、どんなに貧しくともたえしのび、すべての⼈たちにおおいなる愛と徳をほどこされますように。なによりもふたりの弟、マンシオとフィリッペが信仰を失わないようにお導きくださることが、第⼀のお願いでございます。私は弟たちのために、天主さまにお祈りいたします。また天主さまが⺟上のことをお守りくださることをお祈り申しあげます。⺟上から私の知っている⼈たちによろしく申しあげてください。⾃分た
ちの犯したあらゆる罪をくいあらためることを忘れぬよう、ふたたび重ねて申しあげます。なぜなら、それがただひとつの重⼤なことですから。」
わたしたちが神様の御国に信仰と希望を置いて、どんな状況の中でも神様への感謝の⼼を持って、絶えず祈り、また、良い業と愛の⾏いに励むことによって強められ、すべての⼈を神様の御国に導くことができますように。

第六⽇⽬の意向 「あらゆる病や悩みで苦しんでいる⼈々のために祈りましょう。」
【道中で加えられた⼆⼈】
フランシスコ・吉は、あきらめませんでした。殉教者の⼀⾏が⼤阪を発っていくと、そのあとをずっと追い続け、途中ペトロ・助四郎と同じように⼀⾏の世話係をつとめていました。役⼈たちは殉教者たちから、離れたりついたりして⾛りまわっている彼のことを不思議に思っていましたが、⾃分も⼀⾏に加わって⻑崎へ⾏きたいと熱⼼に願うので、望みどおり殉教者の仲間にくわえられたのでした。九州に渡るとき、殉教者の数は⼆⼗六名になっていました。
様々なことで悩んでいる⼈、体や⼼の病で苦しんでいる⼈々が、神様の恵みによって癒されますように。また、わたしたちがあらゆる形で彼らの⼒となって、その悩みと病を共に乗り越えることができますように。

第七日目の意向 「教会の子供や若者たちのために祈りましょう。」
【アントニオ少年】
わが⼦の姿を⾒つけた少年の⽗親と⺟親が、アントニオを夢中で⼿招きしました。「アントニオ。どうか、キリシタンを棄てて助かっておくれ。ありったけの財産をおまえにゆずるから・・・」アントニオは平然としていいました。「お⽗さま、財産など、この世かぎりのものです。イエス様が私たちのために準備してくださったものは、永遠の宝物です。どうか嘆かないでください。私はすぐ天国にまいり、お⽗さまとお⺟さまのためにお祈りいたします」
【⼩さなふたり】
アントニオは、かたわらのいちばん⼩さなルドビコ・茨⽊をうながすと、いっしょに、「⼦らよ、主をほめたたえよ、主のみ名を、ほめたたえよ・・・」と、澄みきった美しい声で歌いだしました。⼗字架につけられたときから⾃分をおさえきれず、しばられながらも胸をそらして⼤空に⾶びたとうとする⽩い⼩ばとのように、ルドビコ・茨⽊も、アントニオも、こうして永遠の天国へ召されていきました。

教会の⼦供たちと若者たちが信仰に強められ、また、愛に満たされて、教会においても、社会においても、神様のみ旨に従って、神様とすべての⼈に仕える⼈として育つことができますように。

第⼋⽇⽬の意向 「すべての修道者、司祭のために祈りましょう。」
【ブランコ修道⼠】
「わが主、イエス・キリスト。もし私に千のいのちがあるなら、そのすべてを御⾝おんみの愛にささげます。この私のいのちを深いよろこびとなぐさめをもって、主にささげます」と⼤きな声で祈りながら、⼗字架につけられていきました。
【最後の殉教者】
最後の殉教者はバウチスタ神⽗でした。役⼈たちが神⽗をいちばん最後にしたのは、処刑されていく⼆⼗五名の殉教者たちを⾒て、その恐ろしさから神⽗が信仰を棄てるのではと考えたからでした。しかし期待は裏切られました。神⽗は⾃分よりも早く天国へ召されていく殉教者たちに、⼗字架の上から祝福を与えながら、「⽗よ、わが霊をおん⼿にゆだね・・・」と、主イエス・キリストと同じことばを静かに唱えながら、天にのぼっていきました。
神様と⼈とに仕えるために召されている全ての修道者たちと司祭たちが、み⾔葉とご聖体から⼒づけられて、それぞれの召命の道から離れず、最後まで神様と⼈を愛し、いたるところで豊かな実を結ぶことができますように。

第九⽇⽬の意向
「わたしたちが社会の福⾳化のために務めることができるよう、祈りましょう。」
【パウロ・三⽊ ⼗字架上で】
「ここにいるすべての⼈びとよ、私のいうことをお聞きください。宣告⽂によると、私たちはフィリピンから⽇本にやってきたものどもとありますが、私はそうではありません。正真正銘の⽇本⼈であります。私が処刑されるただひとつの理由は、私がイエス・キリストの教えを説き、教えたというかどによるものです。
私は、はばからずに申し上げます。私はまさしくイエスさまの尊いみ教えを説きました。そして、そのためにはりつけにあって死ぬことを、もっともいさぎよし、⼼から神に感謝するものであります。⼈は死にのぞむとき、まことのことを申すといわれていますが、私はいま死にのぞんで、真実のみを語ります。・・・・・
あなた⽅ご⾃⾝が幸せになれますように、イエスさまにお助けをお願いください。私はイエスさまに従いました。イエスさまを⾒ならって、わたしも迫害する⼈たちをゆるします。私は私たちに死を宣告した主君(秀吉)も、刑を執⾏する⼈たちも、少しも憎んだりうらんだりはしません。私はすべての⽇本⼈がキリスト教の信者になることを望みます。神がすべての⼈々の上に、あわれみをたれたもうことを、祈ります。
私の流す⾎が、みなさまの上に、豊かなみのりをもたらす慈⾬となりますように願っておりま・・・」
わたしたちの社会がすべての⼈に仕えられたイエス・キリストの光に照らされて、あらゆる差別やいじめ、分裂を避け、健全な社会となり、すべての⼈の尊厳を⼤切にする⽂化を築いていくことができますように。また、⽇本⼆⼗六聖⼈の模範に従おうとするわたしたちが社会の福⾳化のために務めることができますように。