夜が明け、新しくて爽やかな一日が始まりました。イエス様は湖においでになりました。湖は朝の光を受けて輝いています。その風景を眺めておられるイエス様の目は、御父への感謝と賛美に満ちています。そのイエス様の目が、夜通し漁を終えた漁師たちが網を洗っている所で一瞬止まりました。彼らの網や舟に魚は見当たりません。何も捕れなかったようです。うなだれながら網を洗う漁師たちの姿を、イエス様は憐れみ深く見つめておられます。気が付けば、いつの間にか多くの群衆がイエス様の周りに集まっています。「教えを聞きたい、様々な苦しみを癒していただきたい。」と願っています。でも、あまりにも多くの人々が押し寄せたので、そのままだとイエス様は湖へと押し出されてしまうかもしれません。何か対策が必要です。

一方、網を洗いながらペトロの心は重く沈んでいました。夜通し苦労したのに、何も捕れなかったからです。自分への怒りや、湖や天気に対しての憤りで心がいっぱいです。一緒に漁をした仲間へ申し訳ない気持ちもあります。みんな黙って泥だらけの網を洗っています。その時、ある人が声をかけてきました。イエス様です。ペトロは急に顔を上げてその声の主を見ようとしますが、よく見えません。朝日の輝きがイエス様の上に注がれていたので、眩しかったのです。イエス様は声を掛けます。「あなたの舟にわたしを乗せて、水辺から少し漕ぎ出してくれませんか。」ペトロは少し戸惑います。「早く作業を終えて、仲間たちを帰らせなければ。次の漁を準備しなければ。」と。でも、イエス様の声からは何か不思議な力を感じたかのように、彼はイエス様とたった二人で船に乗ります。そして、イエス様の教えを聞き始めます。魚をとる仕事とはあまり関係もない話です。「こんなことを聞くためにこれほどの人が来たのか。」

ペトロはそこに集まっている群衆を見ます。色んな苦しみ、悩み、思い煩い、恨み、妬み、憎しみに包まれている人たちです。そのすべての人に目を注いでくださるイエス様の姿がとても感動的です。ペトロの心はどんどん熱くなります。そして、その様々な人たちを見つめながら、彼らの心に気づき始めます。ペトロは、まさにイエス様と同じ目線で見て、それを感じることができたのです。ペトロの心はイエス様の言葉に惹かれて行きます。それからどれほどの時間が経ったでしょう。イエス様の教えは終わりました。これでペトロの役割も終わったでしょう。ところが、イエス様はもう一度、彼に声を掛けます。「沖に漕ぎ出して漁をしなさい。」

ペトロは自分の耳を疑います。「漁師である自分たちが夜通しやったけれど何もとれなかったのに、もう一度、しかも、沖に行って漁をしなさいというのか。」でも、ペトロは賢く答えます。「お言葉ですから、網を降ろしましょう。」まさに、イエス様の母マリアのようです。ペトロはイエス様と一緒に沖に出て、網を降ろします。網を降ろした途端、もう魚の群れが押し寄せてきます。ペトロは驚きました。そのペトロの様子を水辺で見ていた仲間たちは、彼の合図で急いでそこへ向かい、魚でいっぱいになった網を皆で舟に引きあげます。一方、ペトロはイエス様の前にひざまずきます。「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです。」ペトロは恐ろしかったのでしょう。しかし、イエス様は「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」とおっしゃいました。ペトロは悟りました。「この方は、わたしを裁くために来られたのではない。むしろ、わたしの舟を魚で満たしてくださったように、わたしを恵みと愛と命で満たすために来られたのだ。その喜びをみんなで味わわせるために来られたのだ。」ついに、彼は自分のすべてを捨てて、イエス様に従います。

ペトロが捨てたのは舟や網だけではありません。先ほど捕れた多くの魚もあるでしょう。そこにいた人たちは、ただで魚を得たと思ったかもしれません。でも、ペトロは気にしません。「このイエス様と一緒なら、そんな魚など。」ペトロはイエス様と新しい仲間たちと一緒に新しい道を歩み始めます。イエス様と、また、心と力を合わせてくれる信仰の仲間と一緒なら、何も恐れることはありません。それは、イエス様と弟子たちの初めての出会いの日のことでした。