カトリック二俣川教会

Futamatagawa Catholic Church

2022年10月9日 年間第28主日の説教 

教会はミサと言われる聖体の秘跡や他の六つの秘跡を始め、様々な形の典礼を通して、信者の皆さんの信仰を深め、また、神様からの恵みをもっと豊かに頂くことができるように努めています。例えば、十字架の道行きやロザリオの祈り、或いは、毎日決まっている時間にささげる教会の祈りなど... つづきを読む

2022年10月2日 年間第27主日の説教 

人生を生きていると、自分のやりたいことだけをやりながら過ごせるというのはあり得ないし、自分の思い通りにならない場合の方がもっと多いと思います。むしろ、やりたくないことも頑張ってやらなければならない、また、思い通りにならなくても、それを我慢しなければならない場合がほと... つづきを読む

2022年9月25日 年間第26主日の説教 

今日の福音のタイトルは「金持ちとラザロ」となっていますが、この例え話の背景には先週と先々週の主日の福音の状況があります。その状況はイエス様が徴税人や罪人と一緒におられた時、それを見つめていたファリサイ派の人々や律法学者たちの不平からこの話は始まります。そこでイエス様... つづきを読む

教会だより「二十六聖人」2022年10月号(Web版)を発行しました。

2022年10月号Web版を発行しました。 「二十六聖人」10月号 教会ホームページを開けるとすぐに読めるようになっています。ご自宅に居られる信徒の皆さまの心に、 直接届くことを祈っております。 なお寄稿者名はすべてイニシャル化しています。実名、掲載写真は「共同体向け」... つづきを読む

2022年9月18日 年間第25主日の説教 

週の主日の福音で、イエス様は三つの例え話を通して、神様の慈しみと愛の深さを示し、その神様に立ち返ることの大事さを教えてくださいました。それらの例え話は、「徴税人や罪人が皆、話を聞こうとしてイエス様に近寄ってきた」とき、それを見つめながら「この人は罪人たちを迎えて、食... つづきを読む

2022年9月11日 年間第24主日の説教 

世の中には、「カトリック教会は人間の罪意識を強調する傾向がある。」と思っている人たちがいるようですが、信者の皆さんはどう思われますか。多分、言いにくいと思いながらも、それに同意する信者も多数おられるでしょう。特に「赦しの秘跡」を巡っては、「どうして、教会は罪の告白を... つづきを読む

2022年9月4日 年間第23主日の説教 

今日の福音は、大勢の群衆がイエス様についてきたときの様子から始まっています。この場面は多分、イエス様がエルサレムに向かっておられるときのことだと思いますが、イエス様はその群衆を振り向いて、「わたしのもとに来るとしても、父、母、妻、子供、兄弟、姉妹を、更に自分の命であ... つづきを読む

2022年8月28日 年間第22主日の説教 

聖書によると、神様は土で人間を造り、ご自分の息吹を吹き入れて生きるものとされましたが、高慢な心で神様に背いて罪を犯した人間は、その罪のために神様の前から追い払われました。その時、神様は人間に対して「塵にすぎないお前は塵に返る。」とおっしゃいました。それは人間を呪う言... つづきを読む

2022年8月21日 年間第21主日の説教 

司祭はミサの中で、度々手を広げて祈りや他の式文を唱えます。その動作には色々な意味がありますが、大体二つにまとめられます。その一つは、祈りや式文に込められている共同体の願いを神様に捧げるという意味です。司祭は自分の両手にその願いを載せて高く上げ、神様に捧げます。そして... つづきを読む

2022年8月14日 年間第20主日の説教 

ミサの中で、司祭は「主の祈り」に続く祈りを唱えた後、「平和を願う祈り」を唱えます。それは「主イエス・キリスト。あなたは使徒に仰せになりました。わたしは平和を残し、わたしの平和をあなたがたに与える。わたしたちの罪ではなく、教会の信仰を顧み、お言葉の通り、教会に平和と一... つづきを読む